なんでカイジさんはあんなに頑張れるんだろう?
そう思ったのは最近だ。最初は、変わった人だな…と思うだけだった。見ず知らずの赤の他人を部屋に住まわせて、食事だって用意してくれる。まぁ、お金がないみたいだから豪華な食事って事はないけれど。でもカイジさんが作ってくれる料理は美味しいし、文句なんてあるわけがない。それに毎回「美味いか?」って聞いてくるカイジさんは可愛い。素直に美味いって伝えれば、安心したように笑うカイジさんはもっと可愛い。俺と違って表情豊かなカイジさんを見ているのは楽しかった。
「…でも、変だ」
テレビの音しかない部屋に、俺の声が吸いこまれる。バイトでカイジさんは今日もいない。最近壁に貼ってあるカレンダーに、バイトの印がついた日が多くなった。それってもしかして俺のせい?そう思って聞いてみたが、俺の言葉を聞いてカイジさんはちょっと怒ったみたいだった。
「んなわけあるか!お、俺だってちゃんと仕事するんだ!今まで…そのー、ちょっと休憩してただけで・・・・・・」
「ふーん・・・」
「だからお前が気にする必要なんてねーし、帰れるまでここでゆっくりしていけばいい」
「・・・・・・。」
「なっ?」
から笑いするカイジさんは、嘘が上手じゃない。絶対に嘘だとかつけないタイプの人間だ。ついたとしても墓穴を掘るタイプ・・・。まぁそんな事今はどうでもよくて、ようするにカイジさんは嘘をついている。バイトが急に増えたのは、俺を養う為だって簡単にわかった。バイトを増やしたカイジさんは、毎日疲れているだろうに弱音は一切吐かない。俺と一緒に居る時、疲れた顔なんてひとつもしない。
「カイジさん・・・」
不思議だった。だって俺はカイジさんに対して何もしていない。お金を渡すわけでもないし(むしろお小遣いって言って、いつもちょっとくれる。)、家事を全てこなしてるわけでもない。まぁ、少しは手伝ってるけど。なんで俺につくしてくれてるんだろう。
「・・・・・・。」
他人なんてどうでもいいと考えてる俺には理解できない。でも、カイジさんの行動は嫌なものでもないし、むしろ嬉しいと思う。と同時に迷惑になっていないかを考えてしまう。カイジさんは俺を子ども扱いしていて、だから見栄張ってるだけで、本当はつらいんだって分かる。
「俺も、ただ世話になってるだけじゃいられないよ」
今日もご飯をつくっておこうと、アカギは小さく笑った。
「・・・・・・。」
額に伝う汗をぬぐう。引越しのアルバイトは、なかなか体力を使う仕事だ。だが給料はいいし、日給払いのおかげで今月も大丈夫そうだ。アカギに渡すお小遣いが出来るほどの余裕もできたが、俺の身体は結構限界に近い。
「ほら、そこ手を休めんな!」
「っ?!あ、はい・・・すいません」
注意されたカイジは再び段ボールを掴むと、広い廊下を歩いていく。今日の仕事場は最悪だ。なんといってもここは帝愛グループの会社・・・あの会長関係の会社なんだから。それに今日は嫌な予感がする。朝見てきた占いだって最下位。占いなんてデタラメだと分かっていても、気分は良くない。
「(なんかある・・・確実に・・・)」
「ん?あー!!そこに居るのカイジさんでしょ?」
「(・・・・やっぱり!)」
聞き覚えのある声にげんなり。振りかえると相変わらずの悪趣味な服装に身を包んだ坊ちゃんこと兵藤和也がそこにはいた。サングラス越しに見える瞳を、何故?という興味と好奇心を隠しもしないで爛々とさせている。俺は声を聞こえなかった事にすると、前を向いて足を踏み出す。しかし同じ仕事仲間の上司が俺の名前を叫ぶように言った。
「カイジ!!ぼ、坊ちゃんを無視するなんて・・・なんて事だ!!すいません坊ちゃん!今すぐコイツに罰を・・・!」
「あー?・・・カカカ!あんたがカイジを罰する?そんな事したら、あんたがどうなるか分からねぇよ・・・不測の事態ってのになっちまうかも」
「ひぃっ!」
小さく悲鳴をあげた上司は、すぐに和也に謝り倒す。しかし和也は対して気にしていないようにその横を素通りし、俺の傍までやってきた。作業服姿の俺を上から下まで品定めするように見て、そして俺の持つ荷物を見てニヤリと笑う。
「こんな場所で何してんの?」
「見ればわかるだろうが・・・アルバイトだ!」
「へぇー・・・でもコンビニでバイトしてたんだろ?なんでこんな事までしてんの?」
「お前には関係ないだろうが・・・!」
「いいじゃん、気になるんだからさ。お金なくなっちゃった?」
「・・・・・・。」
「ならオレと一勝負するか?勝てば大金が手に入るぜ?まぁ負けた時はそうだな・・・クククッ!カカカッ!オレ専用の黒服にでもなってもらおうかな」
「さっさえずるな!!誰がするか・・・!」
付き合ってらんねぇ!プイッと顔を背けると、仕事を再開するため歩き始める。が、しかしすぐに和也がカイジの肩を掴んで足を止めさせた。
「なぁ、カイジ。そんなチマチマ安い金の為に働いたって意味ねーよ。一発あてて大金稼いだ方が利口だろ・・・?」
「俺は自力で稼ぐからいいんだ!」
「小さい努力なんて、下らねぇよ・・・!カイジ・・・!」
「和也!!」
「おわっ、そんなに怒らなくってもいいだろ?キキキ・・・だからさぁ、オレの黒服になってよ」
「・・・・・お前、結局それが言いたいだけなのか?」
「だってそしたら何時でも会えんじゃん・・・!オレの言うことも聞くしかねぇし?」
「絶対ならないからな!!俺は仕事に戻る、邪魔すんなよ和也」
今度こそ歩いて行ってしまったカイジの後ろ姿を見て、和也は笑みを浮かべた。俺を普通の人間として見てくれるカイジ、親が兵藤和尊だからといって俺を特別視しない。あの野良犬のような瞳は、俺に恐れなんてものはない。だから俺はどうしてもちょっかいを出したくなる、惹かれてしまう・・・!
「・・・・・・あ、もしもし?オレだけど」
取りだした携帯で、側近の黒服に連絡をとる。俺はカイジをよく分かりたいし、なんで突然バイトを増やしたのか、理由が知りたかった。
「っそ、伊藤カイジをよーく調べて欲しいわけ。なんかあると思うんだよ。っていうか、絶対ある。・・・あ、親父には何も言うなよ?面倒になるし」
念を押したあと携帯を切る。カイジの後を追いかけてもいいが、どうせさっきみたいに邪魔するなと言われるだけだろう。する事もなくなった和也は、此処に来た本来の目的を果たす為に、エレベーターへと向かう。その途中、考えるのはカイジの事だ。
カイジはただでさえコンビニのバイト入れてる数少なかった。なのに引越しのバイトまで始めるなんて、可笑しいに決まってる・・・!これは勘なんかじゃない。
しかし、お金を必要としているカイジ・・・なんていいチャンスだろうか!カイジは何を言おうが、根っからのギャンブラーだ。ギャンブル中毒・・・一緒に博打が出来たらどれほど楽しいだろう。もしかしたら突然覚醒して、鋭いカイジが見れるかも知れない。あの負け犬が変わる様は見ていてゾクゾクする。
「カイジ・・・」
オレ、いつからこんなに惹かれちまったんだろう?
止まらない笑みをそのままに、和也は上機嫌にエレベーターの中へと消えた。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
「アカギ、起きてたのか?もう遅い時間なのに・・・」
「眠くなかったから」
家に帰るとアカギがいつものように出迎えてくれた。眠くないと言っているが、その目は若干眠たそうにしている。しかしそれを指摘する事なんてしない。純粋にアカギが起きて待っていてくれた事が嬉しいからだ。
「今日は肉じゃが、作ってみた」
「俺がこの前作ったの見て覚えたのか?!」
「うん。見よう見真似だから・・・味はわかんないけど」
卓上に並ぶ夕食は、最近では見慣れたアカギの手料理だ。初めはおにぎりしか握れなかったアカギだが、カイジの料理を見て憶えたらしい。まだ拙い部分もあるが、少しずつの成長がカイジにとって微笑ましかった。
「ありがとなアカギ」
「・・・・・ん」
アカギが照れた時に顔を背ける仕草も見慣れたもので、カイジはわしゃわしゃとその髪をまぜる。驚いたようにカイジを見て目を見開くアカギだが、すぐにプイッと顔を背けた。
「は・・・早く食べようよ、お腹減った」
「そうだな!明日は久々に何もないし・・・どこかに行くか?」
「せっかくの休みなんだから、カイジさんは休んだ方がいいんじゃない」
「何言ってんだよ!俺そんなにやわじゃない・・・それに、しばらくお前を構ってやれなかったし・・・・・・」
「俺、子どもじゃないから別に大丈夫だけど」
「いっ・・・いいじゃねーか!!」
「・・・・・・もしかして、カイジさんが寂しかったの?」
「馬鹿っ!!」
今度はカイジが照れたのか、少し上ずった声をあげてアカギから離れる。動揺しているのか箸を持つ手が若干震えていた。
「そんなあからさまに図星ですって反応しなくていいのに・・・」
「煩いっ・・・!いいから、早く食べて早く寝ろ!明日は早いんだからなっ」
「・・・で、何処行くの?」
「知るか!」
知るかって・・・・・・明日早いんでしょ?アカギは質問を肉じゃがと一緒に飲み込んだ。どこに行っても行かなくても、カイジさんと居られればいいか。「なにこれ美味!」っと感動しているカイジさんを見て、アカギは小さく笑みを浮かべた。
明日が待ち遠しい。
A small effort is foolish … 小さな努力は下らない