「・・・はぁ」
つい出てしまった溜息にカイジはハッとする。無意識だった。気まずげに隣を見てみると、そこには一緒にレジに入っているアルバイターの男が小さく笑みを浮かべていた。
「最近溜息が増えましたね」
「・・・・気のせいだろ」
「いーえ、増えましたって」
あまりこちらから関わらないようにしているのに、隣で笑っているやつはニコニコしている。まるで佐原を思い出すような・・・いや、止めよう。佐原はもう・・・
「どうしたんですか?」
「なんでもない」
俺は隣のやつから離れるように、商品の品出しに行く。佐原がいなくなったあの夜…俺があの悪夢のようなギャンブルをしていた日、思い出したくもねぇ。あの日俺は沢山の物を失って、欲しくもない物を手に入れた。今でもあの日は狂ってると思うのに、ギャンブルをして感じた高揚感、快感・・・忘れることができない。だから俺は人間の屑なんだ。
「(佐原・・・)」
「すいませーん」
「あ・・・はい、」
レジに並んでいる人が不機嫌そうに俺を呼んだ。あのアルバイターは丁度休憩時間に入ってしまったみたいだ。仕方なく立ち上がるとレジの方へ急いだ。レジ打ちしながら壁にかかっている時計を見る。あともう少しでバイト時間も終わり、あいつは・・・アカギは今何してるんだろうか。もう夜中だし寝ている・・・の、かな。お金がないからろくに食わせてやれないアカギを思うと、やる気の起こらないバイトもしっかりしなければと思える。
「(明日から新しいバイトも始めるし、頑張ろう)」
少しだけ笑みを浮かべお客に「ありがとうございました」と言うと、少しだけ驚いた表情を浮かべて店を出ていった。あのお客はこの店によく来るのだが、カイジの笑顔を初めて見たのだ。しかしそうとは知らないカイジは、変な奴だとその客の背を見送った後、時間まで客のいないレジに突っ立っていた。
「(・・・あれ)」
人ひとり居ない路地を歩いていた帰り道、自分のアパートを見上げると1つだけ部屋に明かりがともっていた。窓から見える明かりでその部屋がわかったが、間違いなく自分の部屋だ。もしかしてこんな遅い時間まで起きて待っててくれてるんじゃ・・・と急に焦って階段を駆け上がり、ドアを静かに開けて中に入った。いくら焦っているからといって、乱暴にドアを開けたら周りの住民に迷惑だ。
家の中に入ると明かりはついていたが、アカギが出迎えに出てくる事はなかった。不思議に思い靴を脱いで上がると、テーブルに伏せるように眠っているアカギがいた。そのテーブルの上にはいびつな形のおにぎりが5つ、大きめの皿の上に置いてある。きっとアカギが自分でおにぎりをにぎり、そして俺の帰りを待っててくれたのだろう。
そう思った瞬間、ふいに胸が温かくなり涙が出そうになった。こんな事されたの、何年ぶりだろうか。どうにか涙をこぼさないよう急いで服の袖でふき、アカギを起こさないようにそっと反対側へ座った。
「ありがとうアカギ・・・」
自然に出る笑みをそのままに、カイジはゆっくりと腕を伸ばしてアカギの頭をなでた。流れるような銀髪の上に指を何度か滑らせ、その手を頭から離そうとした瞬間伏せられていた顔がガバッと起き上った。思わずびっくりして、カイジはしゅっと腕を引っ込める。鼓動は上がりっぱなしだ。
もしかして、起きてた・・・?
「カイジさん・・・?」
「おっ・・・お、お、おはよう」
「・・・?」
よかった、頭をなでられていた事には気づいてなかったみたいだ。
「なんでそんなに慌ててるの?・・・何か、あった?」
「いやっ!なんでもないって!!」
微妙に声が裏返ってしまったが、目覚めたばかりのアカギなら気づかないだろう。
「そんな事より、このおにぎりアカギが作ったのか?」
「うん。夜ごはん、カイジさん食べてないと思って。一緒に食べようと思って待ってたんだけど、寝ちゃった」
やはり待っててくれたのかと思うと感動し、再び涙腺が緩くなるが我慢する。でも隠しきれない笑みを浮かべながら、1つのおにぎりに手を伸ばした。
「遅くなってごめんな?」
「いや、遅くなるのわかってたから大丈夫」
「・・・そっか、ありがとなアカギ」
「ん、」
少し照れたのか、俺から視線を外したアカギは1つおにぎりをつかむと食べ始めた。俺もおにぎりを口へと運ぶ。中に入っていたおかずは片寄っていたが、アカギの一生懸命さが伝わってきて信じられないほどに美味しかった。
「また、頭なでで欲しいな」
1つしかない布団がない為、アカギを布団で寝かせカイジは床に寝ようとした。しかしアカギが一緒に寝ればいいと言うので、気恥ずかしさ半分で一緒に寝る事になった。
電気も消し布団に入ってさぁ寝ようとなった時、その台詞を隣でアカギが呟いた。そのアカギの笑みを含んだ呟きを理解したカイジは、思わず頭から布団をかぶる。
やっぱりアカギの奴、あの時起きてたんだ・・・!
1枚しかない布団のため、カイジが頭から布団をかぶるとアカギの布団がなくなってしまう。アカギは寒いよカイジさんと文句を言ったが、カイジの照れがなくなるか眠るまで布団は戻ってこないだろう。
「まったく、照れ屋だなぁ」
「誰のせいだ馬鹿っ」
Clumsy geniality … 不器用な優しさ