猫、拾いました。
※ 不円|円堂さん猫化
ぐるぐると喉を鳴らす音と共に「なぁーお」と甘えた声が聞こえてくる。まだ朝は早く重い瞼を開ける事ができない。あぁ、もう少しだけこのフワフワした心地よさに身を委ねていたい。一度浮上した意識がまた遠退きそうになった瞬間、ザラザラとしたものが頬を撫でる。そして耳元でもう一度「なぁーお」と、今度は咎めるような鳴き声がした。
「んー………、…まもる」
「なーお!」
「分かってる、今起きるぜ………ふぁあ」
嬉しそうな我が家の猫、守を横目に大きな欠伸をひとつ。守は俺が起きて嬉しかったのか、アーモンド形の大きな目を細めて笑っているようにも見える。顎の下へ顔をすりよせて頬をひと舐めし、尻尾で誘うように触れてくる。あぁ、ご飯の時間だ。
ゆっくりとベッドから身体を起こすと、待ってましたと言わんばかりに守はベッドから床へと飛び降りてキッチンへと歩いて行く。そんな後ろ姿に頬を緩ませた。
守を拾って約一か月が経っただろうか。初め守は学校の帰り道に捨てられていた猫だった。捨て猫のテンプレのような感じで、段ボールに「拾って下さい」と書かれた紙が貼ってあった。変わっている事と言えば段ボールの中に猫以外にオレンジのバンダナが入っていた事くらいだろうか。こんな物猫につけられるかよ、と心の中で突っ込みつつそのまま家に持ち帰った。一人暮らしだったし、それは気まぐれだった。
「ほら、餌だぜ」
「なーお!なーお!」
「ちょっ…こっちは俺の飯だっつーの」
「にゃうぅう」
キャットフードはあまりお気に召さないらしい。俺の皿にあるソーセージを狙って目を輝かせているが、あげる気はさらさらない。飛びかかってくるのをかわしつつ、テーブルに置けば諦めてキャットフードを食べ始めた。
「よし、良い子だ」
「明王のケチ」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・は?」
「・・・・にゃー」
「なんか今聞こえたようなっていうか今更にゃーとか!!え、ちょ、守お前喋れんのか?!」
「喋れないにゃ、気のせいにゃ」
「思いっきり喋ってんじゃねーか!!」
俺は椅子からがたっと立ちあがって床にいる猫を凝視する。え、なにこの猫喋った?いやいやいや非現実的すぎる。これは夢か?
俺はぐいーっと自分の頬を伸ばす。痛い。夢が覚める事はない。つまり、これは、現実ってやつで…?
「・・・・おい守」
「にゃ?」
「喋れるんだろ・・・?」
「なーお」
「守!!」
「!?」
俺の大きな声にビクリと身体を揺らした守は、それに答える事無くキッチンから居なくなってしまった。そう、それはいつも通りの猫である守の後ろ姿だった。あぁ、やっぱり気のせいだったのか。たとえ現実だったとしても一時の幻覚だったのか。
俺はため息を1つつくと、学校へ行くための準備をする。今日も部活だ。守の餌は多めに入れておこう。あぁ、水も新しいのに変えておかないと。あれ、今日の課題やってあったか?学校でやればいい。
もう俺の頭の中は学校の事でいっぱいになり、守が喋ったなどという幻覚は綺麗に消えていった。
「じゃ、行ってくるぜ」
誰の返事もない家を後にして、俺は学校へと向かった。
「・・・・・・・。」
「えーっと・・・おかえり明王!」
今日は部活が長引いて遅くなった。あぁ、餌を多めに入れたからと言って食いしんぼうの守は機嫌が悪くなってそうだな、とか思ったりして。気持ち早足で家へと帰ってきた。家についたらまずは餌をあげようか。いやその前に汗だくの身体をシャワーで流そうか。今日の夕食は何にしようか…色々な事を考えて玄関を開けて俺は固まった。今まで考えていた事全てが吹き飛んだ。
「・・・誰だ」
「守!」
「・・・・・・・・。俺は疲れてるんだ、そういえばお腹もすいたしな。」
「あーきーおー?」
「・・・・・あーわかったわかった!現実逃避しないことにする。んで?なんで人間になってんのよ」
「俺もわからないけど・・・あ、でも耳と尻尾は残ってるぞ!!」
ニッと笑みを浮かべる守らしき人物は、毛並みと同じ髪から生える耳と尻尾を動かす。それは付けた物ではない、本物の動きだった。まんまるの目を輝かせて守は立ちすくも俺にすり寄ってくる。それはいつもの守の仕草だった。
「明王お腹すいたーめしー」
「・・・うん。お前守だな」
「?」
「はぁ・・・まぁとりあえず風呂入ってきていいか?」
「えー!いっつも明王風呂先なんだもん、俺お腹ペコペコ」
むーっと頬を膨らませる守。いっつもこんな事考えてたのか…。
悪ぃと一言詫びを入れて、キッチンへ向かう。猫缶に手を伸ばした所で、後ろから鋭い視線を感じた。
「・・・俺猫缶食べないぞ」
「猫じゃねーか」
「でも今は人間だ!明王と同じのが食べたい!!」
少し苛々しているのか、バシバシと椅子の足を尻尾で叩いている。いくら猫だったといえど、やはり人間用の食事が良いのか。俺は夕食の準備を始めた。もちろん2人分だ。
それから2人で夕食を食べて、美味しいとにっこり笑う守を見ていた。あぁ、可愛い。猫のようにふわふわしている髪の毛も、その顔も、素直な所も。あぁ、彼は己の愛猫なのに。なんだろうかこの愛おしさは。そっと手を伸ばして守の頬へ手を滑らせる。すると喉をゴロゴロとながしながら目を細める。
「あきおの手好きだ」
「っ・・・」
「ごちそーさま!!」
俺の手を無視してそのままソファの上に行ってしまう。いつも守はご飯後全身の毛づくろいをしていた。人間になってもするのだろうかと見ていたが、ちゃんとするらしい。人よりザラついた下で右手から丹念に舐めはじめていた。俺は守を横目でみつつ、さっさと風呂場へと向かう。
一緒に風呂に誘えば良かったかと、少々後悔しながら。
風呂からあがると守はすでにソファの上から居なくなっていた。ベッドを見るといつもの定位置に丸くなって寝ている姿がある。まだ人間のままのようだが、その頭には捨てられていた時に共に入っていたオレンジのバンダナがあった。あれはやはり守のものだったのだろうか、とても似合っていた。
起こさないように静かに隣へと寝転がる。そのまま寝ようかと思ったが、どうにも触れたくなった。ゆっくりと手を伸ばして頭を撫でてやると、小さいうめき声と共に瞳が開いてく。
「ん・・・」
「・・・悪ぃ、起こしちまったか?」
「あきお・・・」
ふぁああっと大きな口をあけて欠伸を1つした守は、上半身を起こす事無く俺をじっと見つめてくる。なんだか気恥ずかしくなって、俺は乱暴に守の頭を掻き回した。
「そのバンダナ、お前のだったんだな」
「うん。前のご主人さまが持たせてくれてて、だから明王が捨てないでとっておいてくれて嬉しかった」
「そうかよ」
前のこいつの飼い主は、どうして捨てたのだろうか。こうして前も人間になる事があったのだろうか。それを聞こうとして口を開くものの、すぐに閉じた。そんな事聞いてどうなるわけでもない。守の口から捨てられた理由を語らせる事もない。今は、俺が飼い主なのだから。
「明王」
「あぁ?」
横を向けば守がニッと笑みを浮かべた。
「ごはん美味しかった!」
「お口に合ったようでなにより」
「明王、……。
拾ってくれてありがとう、大好きだ!」
本当に幸せそうな顔で笑うから、俺は何も言えなくなる。なぜか目頭が熱くなった気がした。そのまま守の顔がゆっくりと近づいてきて……意識は闇へと沈んで行った。
朝、目覚めると隣にはいつものように茶色の猫が丸まっていた。昨日の事はやはり夢なのかと思ったが、守の首元にオレンジのバンダナがあるのを見て小さく笑みを浮かべた。
「起きろ守、朝だぜ」
なーおと伸びた鳴き声をあげた守は、相変わらず幸せそうに見えた。
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