こたつに入りながらぶすっとした表情で、ただテレビを意味もなく見つめている男の後ろ姿に、俺は小さく溜息をついた。(もちろん奴に聞こえないように、だ)
もちろん奴が拗ねているのにはわけがあって、その理由は少し(いや、大部分)俺が悪い事も理解している。


「カイジ・・・」
「・・・・・・。」


無反応な奴の背中を今一度見て、俺は数時間前の事を思い出した。




『え、遠藤さん明日大丈夫なの?』
「あぁ、夕方からだが暇が取れた。久々に夕食でも奢ってやる」


電話越しに聞こえた嬉しそうなカイジの声に、そう答えるとカイジはわかったと答えた。その声は見なくてもわかるほど、喜びがこもっているものだ。最近忙しくて相手にしてやれなかったからだろう、俺自身も楽しみだった。
しかし、久々に会うものだから悪戯を仕掛けたくなった。やっと一緒に過ごせるのに、俺の隣りに女がいたらアイツはどんな表情を浮かべる・・・?怒るか、泣くか、嫉妬深い目を女に向けるか。
いつも俺の側に居るときには浮かべない表情を見てみたくなった。(いや・・・怒った時の表情はよく見ている気がしないでもないけれども)

そして今日、待ち合わせしたバーにかなり早めに来た俺は、1人で酒を飲んでいた女をナンパした。なかなかの女で、今では自分から腕を絡ませてきて豊満な胸を押しつけてきている。


「ねぇ、この後時間はあるのかしら?」
「時間が無かったら、君みたいな女性をお誘いしないと思うが?」
「ふふっ、上手いのね」


女は真っ赤なルージュで彩られた唇を、微笑みの形に変えつつお酒を少しだけ飲んだ。どうでもいいような怠い会話の相槌をしつつ、そっと腕時計に視線を落とす。そろそろカイジが来る時間だ。


「さっきから時計を気にしているけれど、どうしたの?」
「ん?いや「遠藤さん・・・・」」


自分の名前を呼ばれ振り返ると、驚いた表情を浮かべるカイジがそこには居た。バーが待ち合わせだったからか、俺が結構前にプレゼントしたスーツを着ている。全く似合っていない所がカイジらしかった。俺の隣の女はカイジを上から下まで見た後、不思議そうに俺を見る。こんな子が貴方と関係あるの?とでも聞きたいようだ。


「知り合い?」
「ちょっとしたな。」


カイジから視線を外さずに答えると、カイジはビクッと身体を揺らす。そして嫉妬深い瞳で女を射抜くかと思えた。・・・が、カイジは俺の想像と全く違う表情を浮かべる。


「忙しいみたいだから・・・俺、今日は帰るから」


見たことのない表情だった。全てを諦めて、どうでもいいように笑ったその表情に俺の心が痛む。違う、確かに俺の見たことがない表情だったけれど、そんな表情を見たかったわけじゃない。


「空気が読める子ね。じゃあ私達もそろそろ・・・」
「マスター、お代は置いていく。釣りはいらねぇ」
「ちょっ・・・何よ!」
「俺は今日知り合ったお前より、さっきの奴の方が大事なんだ」


後ろで最低だと罵ってくる女を無視して、俺は急いで店を出た。
泣き虫なカイジの事だ。今頃泣いているだろう。





そして没頭へ戻る。
やはり部屋の中で泣いていたカイジは、俺が部屋の中へ入ってきた気配を感じ涙を拭うと、絶対に俺と視線を合わせないように背中を向けたままでいる。こたつに入り、じっとテレビを見て動かない。テレビでは最近大人気のお笑いタレントがネタを披露しているが、こちらの空気は最悪だ。笑えたもんじゃねぇ。


「カイジ」
「・・・・・。」
「機嫌直せよ」
「・・・・・。」


何度目かの呼びかけも全くの無視。それぐらい覚悟出来ていた。時計に視線を移すともう30分近く、この無駄な呼びかけを続けている。もう今日は無理だ。きっと、何を言ってもカイジは耳を貸さない。
今度は聞こえるように溜息をついたあと、玄関の方へ足を進めた。


「・・・遠藤さんは、」
「あ・・・?」
「遠藤さんは、やっぱり俺とか・・・どうでもよくて、ああいう綺麗な女の人がいいんだろ」


震えるカイジの言葉に足を止め振り返ると、やはりこちらは向いていなかった。だが、カイジは肩を少しだけ震わせていた。泣いて・・・いるのか?


「誰がそんな事言った?」
「だって・・・約束してたのに・・・!久々に会うのに、遠藤さん・・・女の人と一緒だったから」
「それは・・・」
「暫く会ってなかったから俺のこともうどうでもいいって・・・そう思っちゃうんじゃ・・・っ?!」
「馬鹿だな・・・」


カイジは突然背後に来たぬくもりに思わず言葉を止める。遠藤が好んでつけている香水の匂いと、多少の酒の匂いがカイジの心を落ち着かせる。しかし遠藤の言葉にむっと顔を歪めた。


「馬鹿じゃないっ・・・ちょっ、遠藤さんくすぐったい」
「馬鹿だよ。俺もお前も」
「え?」
「久々に会うから、お前に意地悪したくなっちまった俺も馬鹿だが・・・俺がお前よりもあの女を好きだと勘違いするお前も馬鹿だ」


カイジを後ろから抱き締めながら、首もとに啄むようなキスを数回。後ろから見えたカイジの耳は真っ赤で、顔を見なくても照れている事がわかる。いつの間にか部屋を覆っていた暗い空気は消え去り、部屋にはテレビから聞こえる笑い声が響いていた。


「俺がお前と、今日会ったばかりの女・・・どっちが好きかなんて言わなくてもわかるだろう?」
「うっ・・・遠藤さんって、はっ恥ずかしい事よくサラッと言えるよな」
「あ?なんだ、照れてるのかカイジ」
「煩いっ・・・でも、元は遠藤さんが悪いんだからな!」
「はいはい、じゃあ明日お詫びにご飯奢ってやるよ」
「・・・・女の人、いないよな?」


少しだけ不安げな瞳で振り返ったカイジの唇を一瞬奪い、ニッと笑ってやった。


「さぁな?」
「遠藤さんの馬鹿!」



拗ねたあの子のなだめ方




そして振り出しへ戻る・・・って、なだめてない・・・!いや、ちゃんと嘘だよ嘘って遠藤さんは言いますよ!どこまでもカイジに意地悪したい遠藤さんです。
後ろから抱き締めて首元にチュウっていう素敵シチュエーションを書きたかったんだけれども・・・こんなの遠藤さんしか似合わない!って思って書いたらぐた・・・ぐた・・・の意味不明な文章になってしまって後悔。遠藤さんの口調もね・・・なんか違和感っ