あんな場所へ行っても学ぶ事なんて何もない。これから生きる為の知恵だとか、良い人間関係を築くためのコミュニケーション能力をつけるだとか。そういう事を謳うわりに役立たない事を教える学校。実際博打や麻雀なんかをやってると、学校で習う事など全く役にたたない。悪知恵、人を陥れる為に犯す反則技、欲望が渦巻く世界・・・まったく健全ではないそんな世界に、一体なんの役に立つ?
そんな事を考えても一応義務教育。中学生であるアカギはいつものように静かに教室へ入り、窓際一番後ろの席へと座った。1番良いこの席は、唯一アカギが教室で気に入っている場所だ。しかし・・・アカギはゆっくり教室へ視線を動かした。今日は何かが違う。まず雰囲気、皆そわそわした様子で落ち着かない。まるで何かを期待しているような。一瞬、馬券を握りしめ、真剣に競馬レースを見つめるカイジさんを思い出した。あの時、カイジさんは同じようにそわそわしてたっけ。(結局負けてたけども) だが皆が何に期待しているのかわからない。特に女子はいつも通り少人数のグループで固まり、男子よりも落ち着かない様子でお喋りしている。
少しばかり考えたが結局何も思い浮かばず、本でも読もうと机の中へと手を伸ばす。ガサ―――指先で何かを触ったのか、妙な音がする。それをおもむろに掴むと、机の中から取り出す。それは綺麗に包装された箱、袋。そこでやっと今日学校の雰囲気がいつもと違う原因がわかった。
そう、今日はバレンタインデーだ。


「(そういえば、テレビでそんな事言ってたか)」


あまり覚えていないが、最近チョコレートの特集やらデートスポットやら、やたら浮かれた内容のテレビ番組が多かった気がする。


「(カイジさんは・・・俺と同じで忘れてそうだな・・・)」


バレンタインとわかってカイジを思い出したが、あのカイジが今日を意識してわざわざチョコレートを作ったり用意したりするはずがない。それに、そもそもバレンタインを忘れていそうだ。若しくはわかっていても、チョコレートの用意はしない。カイジさんは人一倍恥ずかしがり屋だし。
ふと視線を感じて右を見ると、少人数で集まる女子の集団が居た。こそこそと何かを話しては、1人の少女をこずいてクスクス笑ったりしている。そしてこちらを見て、すぐに視線を外して顔を赤く染める。全く、平和なものだ。手にしていたバレンタインのお菓子を最低限の持ち物しか入れてない鞄に突っ込み、やっと取り出せるようになった本を読み始める。今日はいつものように静かに読書ができなそうだ。









「あの・・・アカギ君、」
「・・・。」
「えっと、あの・・・」


放課後、帰り支度をしていたアカギの元に1人の少女が来た。それは朝見た女子の集団の中にいた1人の子だ。茶色の髪の毛をツインにして結び、いつもしていないであろう化粧をほんの少しだけほどこしている。リップクリームで塗られた薄ピンクの口が、次に発する言葉を選んでいるのかパクパクと閉じたり開いたりしていた。少しだけ待っていたが、少女から言葉が出てくる事はない。


「俺帰るから、そこ退いてくれない」
「あっ・・・待って、待ってアカギ君!」


ふいに腕を掴まれ、アカギはしぶしぶ少女を見た。教室にはまだらに人が 残っていたが、それぞれが会話していたり同じように何かを伝える為に残っているのでこちらを気にしている様子はない。だからこそ少女は決心したのか、じっとアカギの瞳を見つめてきた。


「今日、バレンタインだから・・・私・・・」
「・・・。」
「チョコレート作ってきたの。アカギ君、ずっと・・・す、好きでした!!き、気持ちは受け取ってくれなくてもいいからっ・・・!あの、これっ・・・受け取って、下さい」


よほど緊張しているのか、始終声が震えている。顔をこれ以上ないくらいに真っ赤に染めた少女は、鞄から出した真っ赤な包装紙に包まれた小箱をアカギに差し出した。箱にはハートのシールで止められた手紙がついている。
あぁ、この少女・・・いや女は計算高い。可愛らしい容貌と仕草で己の計算高い姿を隠している。自分の気持ちを伝えた、でも俺からの答えはいらない。ある意味の保険だ・・・こうする事で振られる事はない。答えを必要としていないから、振られるという恐怖を無くした。とんだ臆病者だ。そして心の何処かでは、もしかしたらつき合えるのではないかと思っている。その証拠に女の瞳はどこか爛々としたものだ。俺は小さく笑みを浮かべた。別に構わない・・・勘違いしておけばいい。俺はそんな甘い言葉と仕草に騙されなんかしない。差し出された小箱を受け取ると、小さく笑みを浮かべてやる。


「貰っておくよ」
「っ!!ほ、本当に!」
「だから退いてくれる?」
「うん・・・ありがとう、」


嬉しそうに頷いた女はそっと道をあけた。自分の勝ちだとでも思っているのだろうか。
甘い・・・本当に、甘い。










下駄箱を出ると、外は案外寒い。吐く息は白く、思わず手をすり合わせた。帰ったらどうしようか、鞄に入ってるチョコレートやクッキーをカイジさんにあげようか。どうせ1人じゃ食べきらない。ふと、正面の門を見ると誰が立っていた。


「・・・カイジさん?」
「よっ!」


遠目からはわからなかったが、確かにそこにはカイジがいた。いつものラフな格好の上から暖かそうなジャケットを羽織り、寒いと文句を言いながら煙草を吸っている。


「カイジさん、一応ここ学校の校門だよ?」
「ん、あー・・・そうだな」


カイジは口に銜えていた煙草を足元へ落として踏み消す。ズビッと鼻を啜る音が聞こえてカイジを見ると、鼻が赤くなっていた。いったい、いつから此処にいたのか。


「なんでカイジさんが此処に・・・?」
「いや・・・なんとなく、だけど・・・」
「いつから居た?手、冷たくなってる」


カイジの手に触れると、普段から体温が低い自分よりも冷たい。結構長い時間ここにいたのだろうか。そういえば地面には4,5本煙草が落ちている。全くこの人は・・・と苦笑しつつも、愛しさがこみ上げてきた。


「ほら、早く帰ろう。風邪ひいちゃうよ」
「ん、おう!」


少し照れくさそうに呟くカイジの後ろを追うように、アカギも歩き出した。「今日は暖かい鍋にしよーぜ」と言うカイジは、どことなく嬉しそうだ。昨日も鍋だったのに。と言葉を返せば寒い日は鍋って決まってるんだよと言う。


「あ、そういえばアカギ知ってたか?今日バレンタインなんだぜ」
「っカイジさん知ってたんだ」
「あぁ、一応俺コンビニでバイトしてんだぞ?知ってるに決まってるだろ」
「ふーん」
「でな、今日廃棄処分になるチョコレート貰ってきたんだ。だから鍋の後にでも食おうな」


その言葉にさきほど貰ったチョコレートを思い出した。愛を表現する真っ赤な包み紙で包装された箱と、ハートのシールで止められていた手紙を道筋にあるゴミ捨て場へと投げる。もちろんカイジさんには見られないように、だ。明日は燃えるゴミの日だし、丁度いいや。


「アカギー何してんだ?」
「なんでもないよ。チョコ、楽しみだね」
「え、チョコ好きだったのか・・・?」
「カイジさんから貰えるからだよ」
「ばっ・・・な、何言ってんだよアカギ!!」


照れたように顔を染めるカイジさんは、照れ隠しに煙草を加えた。なんの計算もない、そのままのカイジさんだ。


「(俺は他人より少し可愛い顔にも、あんな軽い言葉になんて惹かれない。俺を心から焦がらせる事が出来るのは・・・カイジさんだけだ。)」


俺は・・・・・・そんなに甘くない。



チョコレートほど甘くない




まー落ちがない作品!(笑) 毎回そうなんですけどね。女の子可哀想っ ひどしアカギ。
でもきっとモテるだろうなーなんて。いや、近付きにくいのか・・・?とりあえずバレンタインから何日すぎてから作品を完成させてるんだよっちゅう話です。すんません!